『琉球・沖縄と海上の道』。


琉球・沖縄と海上の道 (街道の日本史)
吉川弘文館

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街道の日本史シリーズの一冊。

沖縄の歴史を、ヒト・モノの交流に着目しながら、自然・政治・経済など様々な観点から振り返っています。

近世から現代に掛けて、琉球・沖縄にとっては困難な時代が続いていることを復習しましたが、

今帰仁城の石垣の石灰岩は古生代、首里城・勝連城ほかは新生代という違いがあることは新たな発見でした。

泡盛に関して言えば、東南アジア貿易の衰退に連動する形で16世紀後半から泡盛生産が本格化し、首里王符に、焼酎職の管理と流通を担当する賦方(くばりかた)と古酒の管理を含む王府ご用の泡盛の出納を担当する銭蔵が設けられるなど、特別な扱いを受けていたこと、

不作・食糧不足の際には生産・売買が禁止されたこと、

一方で、首里産の高級酒(「泡盛」)に手を出して住民が疲弊化することを阻止するため、各地での「焼酎」生産を認めていたこと、

が、明治30年度末までにはそれらの「焼酎」醸造かが淘汰されたこと、などなどの歴史があったようです。

その他、

近代沖縄の教育界の実態は、「滋賀県出身者でかためた中頭、国頭郡と九州出身者でかためた島尻君とが相拮抗」し、「沖縄出身者はよそもの扱い」だったということ、

1920~30年代のいわゆるソテツ地獄の時代には、県外・海外の移民からのremittance(送金)で何とか生活をつないでいたと言うこと、

男系原理の家族観が根強く、妻より血縁で結ばれた兄弟姉妹(の子供)の方が強い関係と認識されていること、女性は終生にわたり成果との強いつながりを保持すること

なんかは、へぇ、という感じでした。一番最後のポイントは、沖縄の離婚率が高いと言うことと何か関係があるのかもしれません。

いろいろと複雑骨折を繰り返している沖縄と本土との関係ですが、

歴史を振り返って、いろいろと考えなくてはいけないかもしれませんね。

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